ペルー、マチュピチュ
クスコを占領されたインカ軍は、その後も抵抗を続けるが次第に劣勢を余儀なくされ、最後にビルカバンバという都市に逃れた。ビルカバンバとは古代インカ語で「聖なる谷」という意味。スペイン軍はそのビルカバンバの地を捜索したのだが、インカ帝国が滅亡してから何百年も経過するうち、その存在は謎に包まれてしまった。
現地の子供に案内され、ハイラム・ビンガムがマチュピチュを発見したのは、その後およそ400年が建った後。ワイナピチュと呼ばれる隣りの山からマチュピチュを見下ろしたハイラム・ビンガムは、その姿に驚愕したという。
急斜面を大きくうねりながら登るバスの中で、その時ハイラム・ビンガムが感じたであろう思いにふけっていた。何度もカーブを曲がり、立ち込める雲霧を抜け山頂に着くと、目の前にマチュピチュが姿を現した。
当時の姿をほぼ完全な形で残しているマチュピチュは、精巧な都市設計の基で造られている。建物全体がワニの形になるように設計されているものや、太陽の位置により暦を測る場所、見張り小屋や敵の侵入に備えたメインゲート、そして段々畑やコンドルの間と呼ばれる何らかの儀式を行なったであろう場所まで備えていた。
現在の学説においては、マチュピチュがビルカバンバであるという説は否定されている。しかし、ハイラム・ビンガムがマチュピチュを見た時の感動は、今もこの地に感じることができる。この地にはインカの人々がいた時のまま、今尚下界の生活とはかけ離れたところに存在している。
朝霧に隠れるマチュピチュの全貌は、神々しさを残したまま、静かにたたずんでいた。
何時間マチュピチュにいただろう。マチュピチュが閉門に近づくと観光客は減り、アンデスに生息するリャマという動物や、野ウサギが姿を現す。その静けさは何とも言えない光景だった。何百年も静かに眠っていた空中都市は、今尚ここで暮らしていたであろうインカの人々を思い起こさせてくれる。

31/65